プロフィール

経営者の相続・事業承継を、
生命保険で守る — 28年の歩み

中野 秀法(ライフプラザパートナーズ ファイナンシャルプランナー)

中野秀法

ライフプラザパートナーズで、ファイナンシャルプランナーをしている中野秀法(なかの・ひでのり)と申します。

仕事は、生命保険の営業です。生命保険・がん保険・年金保険など、保険という枠組みの中で、幅広い金融商品の中からお客様に合ったものを提案するのが、日々の仕事になります。

その中でも、僕が特に専門にしているのが、相続対策と事業承継、それから経営者の方の資産形成の領域です。

相続というのは、お客様にとって本当にわかりにくい世界です。だからこそ、僕がここに特化して、ずっと向き合うようにしてきました。

1988年に証券会社に入って、1997年から生命保険の世界に移りました。気がつけば、生命保険だけで28年。証券時代も合わせると、金融の現場に38年いることになります。

仕事を一言でまとめるなら、「経営者やご家族が、相続で困らないように、生命保険で事前に整える」ということを、ずっとやらせていただいています。

僕はよくお客様にこう申し上げます。

「相続というのは、荒野に似ています」

誰も道を知らない。だから経営者の皆さんは、自分一人で霧の中を歩くことになります。僕の仕事は、その荒野を一緒に歩く案内人でいることだと、思っています。

この記事では、そんな仕事をどんな経緯で始めたのか、どういう考えでお客様に向き合っているのか、そして28年のなかで忘れられない案件のことを、少しだけお話しさせてください。

1997年、生命保険の世界に入った経緯

最初に勤めていたのは証券会社で、1988年から10年いました。

ちょうどバブル崩壊期にぶつかった世代です。当時は新規上場の株(IPO)を、営業マン1人あたり数百万円分、お客様に買っていただかないといけませんでした。

中には、正直「これ、本当に大丈夫かな」と思うような会社の株もありました。

兵庫銀行の子会社で、ファクタリング業務をやっていた兵銀ファクターという会社のIPOが当時ありました。兵庫銀行はそのころ、潰れるんじゃないかと言われていた銀行です。

※兵庫銀行と兵銀ファクターは、その後経営破綻しました。

その子会社の上場株を売ってこい、と。いいと思っていないものを、いいように言って売るという葛藤が、けっこう大きかったです。

そんなとき、メットライフ(当時のアリコジャパン)から電話がかかってきました。テレアポの女性の方から「外資系の金融機関の方が中野さんに興味がある、一度お話を聞かせてほしい」と。

正直に言うと、最初は乗り気ではありませんでした。当時の生命保険のイメージは「生保レディと呼ばれる主婦の仕事」。証券マンの自分が行く世界じゃないだろう、と思っていました。

それでも、後に上司になる方と一度お会いしました。そのときに、たった2つだけ質問されたんです。

  • 「いまの仕事のどこが、気に入っていますか?」
  • 「あなたが嫌だと思っていることが、一切ない仕事に興味ありますか?」

たった2つです。でも、その場で「行きます」と答えていました。いま思えば、あのとき決まったような気がします。

もうひとつ、会社を選ぶ理由がありました。バブル崩壊で他の金融機関が次々倒産していく中で、財務体質が強い会社で仕事ができるのは大きい。お客様に迷惑をかけずに済む、と思いました。

そうして1997年、生命保険の世界に来て気がつけば、もう28年です。

中野秀法

たった2つの質問で、僕は次のキャリアを決めていました。いま思えば、あれが運命だったと思います。後の上司の営業力に魅了されていました。

「気づいたときには、もう手遅れ」— その手前で、一緒に気づく仕事

僕がお会いする経営者の方々の多くは、実は相続や事業承継の問題に、まだ直面していらっしゃいません

「いつかは会社を息子に渡したい」「家族に迷惑はかけたくない」と漠然と思っていらっしゃっても、具体的に何が起こり得るのか、どんな対策が必要なのかまでは、まだ目の前に来ていない。それが普通の状態だと思います。

ただ、ここに難しさがあります。気づいたときには、もう手遅れになっていることが多い、というところです。

相続税の対策は、ご本人がご存命のうちにしか打てないものがほとんどです。亡くなった後では、会社を引き継ぐためのお金が用意できず、長年積み上げてきた事業が立ち行かなくなる、ということが実際に起こります。

だから僕は、お客様が「まだ大丈夫」と思っていらっしゃる段階で、一緒に少しずつ未来を見ていくようにしています。「このまま行ったら、どうなりますか?」「対策しなかったら、どうなると思いますか?」と、こちらから問いをお渡ししていく。

すると、お客様の中で「ちょっと待てよ」という瞬間が来ます。その「ちょっと待てよ」の瞬間に立ち会うことが、僕の仕事の中身だと思っています。

中野秀法

漠然とした荒野の中で「ここに崖がありますよ」「こちらの方向だと川がありますよ」とお伝えしながら、一緒に道を選んでいただく。手遅れになる前に、一緒に気づいていく。それが、僕の仕事です。

困難を乗り越えてきた会社を、次の世代に残したい

僕がお会いする経営者の方々は、バブル崩壊もリーマンショックもコロナも、すべて生き抜いてこられた方々です。

数多ある会社が倒産していく中で、いまも事業を続けていらっしゃるということは、世の中に必要とされる仕事をされているということ。それだけの価値のある仕事を、何十年もやってこられた方々です。

その会社が、相続税で立ち行かなくなる。兄弟間で揉めて、事業がバラバラになる。せっかく長年積み上げてきたものが、相続のところで途切れてしまうのは、本当にもったいないと思います。

困難を越えてきた会社を、次の世代へきちんと残していただく。

これが、僕が一番やりたい仕事です。だから、相続や事業承継の設計には、特に神経を使います。

そのときに大事にしているのが、こちらが「教える側」に立たないことです。仕事柄、相続や事業承継について、お客様より少し詳しいかもしれません。ただ、お客様が長年積み上げてこられた事業そのものは、僕がどうこう言える領域ではありません。

だから、お客様の判断を尊重しながら、その判断材料を一緒に整える。営業マンの立場で、隣に座って一緒に考える。それが、僕のスタンスです。

中野秀法

こちらが「教える側」になった瞬間に、関係は終わります。営業マンの立場のままで、隣にいたいんです。

保険でできることは、思っているより広い

僕の仕事は「相続対策」と一括りで言われることが多いのですが、お客様と話していると、相続対策という言葉のイメージが、人によってずいぶん違うことに気づきます。

多くの方は、相続対策と聞くと相続税対策のことを思い浮かべます。そして相続税対策と聞くと土地活用のことを思い浮かべます。アパートを建てる、マンションを建てる、という流れですね。

それは間違いではありません。でも、それだけでは半分しか見えていない、と僕は思っています。

僕がお客様と一緒にやらせていただくことは、大きく分けて3つあります。

1. 税金を減らす対策

これは多くの方がイメージされる、いわゆる相続税対策です。生命保険には、相続税の非課税枠というものがあります。

非課税枠の計算式

法定相続人の人数 × 500万円

この金額までは、生命保険金が非課税で受け取れます

たとえば、奥様とお子様2人がいらっしゃるご家庭であれば、法定相続人は3人。

具体例:奥様+お子様2人のご家庭

500万円 × 3人 = 1,500万円 まで非課税

何もしなければ普通に相続税の対象になる現金が、生命保険に入れ替えるだけで非課税になる。これが、最もシンプルで効果の大きい仕組みです。

もう一つの方法:生前贈与と保険を組み合わせる

年間110万円までの贈与には、贈与税がかかりません。この枠を使って、お子様に毎年お金を贈与し、そのお金でお子様自身が親を被保険者とする保険に加入していただく方法です。

これを毎年積み重ねると、お子様の手元には保険料が積み上がり、最終的にまとまった保険金として戻ってくる仕組みが作れます。

本来であれば相続財産になるはずの金額を、合法的に減らしながら、最終的にお子様の手元に届くお金として整える。こういう設計が、生命保険を使った相続税対策の基本です。

2. 税金を払う「現金」を準備する対策

これが、意外と知られていません。

日本の資産家の方々は、財産が会社か土地に集中していることが多いです。工場をやっておられる社長は、人生そのものが工場に詰まっています。マンションを持っているオーナーの方は、財産はその建物にあります。

ところが、相続税は現金で一括納付するのが原則です。会社や土地で払えるわけではありません。資産はあるのに、現金がないという状況が、よく起こります。

息子さんが工場を引き継ぐとなったとき、相続税2,000万円を払えと言われる。でも会社の利益は年間1,000万。手元に2,000万なんてない。結局、遊休地や資材置き場を売ることになります。最悪の場合、会社そのものが続けられなくなります。

このときに、生命保険は強い力を発揮します。被保険者が亡くなった瞬間、保険金がほぼ自動で現金として下りてきます。これが、相続税の納付資金として機能します。

3. 揉めないための設計

実は、この3番目が一番の肝だと、僕は思っています。

たとえば、マンション1棟が1億円。お子様が3人いて、1/3ずつの権利があるとします。マンションを物理的に3つに割ることはできないので、3人の共有名義になります。

すると、誰か1人が「売りたい」と言っても、他の2人が反対すれば売れません。これは必ず揉めます。

ここで使うのが、代償分割という考え方です。

長男にマンションを丸ごと相続していただき、同時に1億円の生命保険も長男を受取人にしておきます。長男は受け取った1億円のうち、5,000万円ずつを次男と妹に渡します。これで、マンションは売却せずに一族の資産として残ります。兄弟間も納得していただけます。

対策なし
マンション 1億円
↓ そのまま3人で相続
長男・次男・妹
3人の共有名義
↓ 全員の同意がないと売却できない
兄弟間で揉める
代償分割 + 生命保険
マンション 1億円
→ 長男が単独で相続
+ 同時に
生命保険 1億円
→ 受取人:長男
↓ 長男から 5,000万円ずつ
次男・妹に現金で渡す
資産も家族も残せる

ポイントは、生命保険金が「受取人固有の財産」として扱われることです。相続財産の分割計算とは別枠なので、贈与税にもなりません。仕組みとして、ちゃんと設計できます。

事業承継の現場では、こういう設計が効く場面が本当に多いです。

中野秀法

「お通夜の日から揉め始める」ということも、珍しくありません。兄弟の感情のぶつかり合いというのは、他人同士よりひどくなります。これを防ぐのが、僕の仕事のなかでもいちばん神経を使うところです。

28年で出会った、2つの忘れられない案件

建設会社の社長を、契約者貸付で救った話

POINT

退職金準備で加入していた保険が、バブル崩壊で資金繰りに苦しむ社長を救ったエピソード。解約せず契約者貸付で4,800万円を確保し、業績回復後は全額返済して保険も継続。「入っていたから助かった」。

僕が証券会社にいたころからのお客様で、建設会社の社長さんがいらっしゃいました。

正直に言うと、証券時代に僕が勧めた金融商品で何度も損をさせてしまったお客様です。それでも、生命保険に移ってから「証券は嫌だが、生命保険ならやる」と言ってくださいました。

加入していただいたのは、退職金準備の積立タイプの保険です。当時の金利は高くて、7年で110%増えるような商品でした。当時58歳だったその社長は、65歳での退職を見据えて、最終的に1億円が貯まる設計で入っていただきました。

ところが、5年経ったあたりで、バブル崩壊の影響をモロに受けて会社の経営が一気に苦しくなりました。手元にあった解約返戻金は、約6,000万円。銀行はもう貸してくれません。とにかく現金が必要でした。

このとき使ったのが、契約者貸付という仕組みです。

契約している保険を解約せずに、解約返戻金の80%までを、保険会社から借りられる仕組みです。その社長の場合、契約者貸付として80%の4,800万円が手元に下りました

会社はその資金で持ちこたえ、業績が回復してからは、貸し付けを全額返済され、保険を継続されました。退職時には、当初の予定通り退職金として活用されました。

社長から言っていただいた言葉が、いまも忘れられません。

「あれをやっていなかったら、何もなかったわ」

正直、僕は「契約者貸付があるからやりましょう」と勧めて入っていただいたわけではありません。退職金を貯めるための設計として、お勧めしただけでした。狙ったわけじゃなく、結果的に保険の仕組みが助けになった、というのが正直なところです。

このときに思ったのは、お客様にとにかく着手していただくことが、何より大事だということ。仕組みは入った瞬間から働き始めます。入っていなければ、あとから何もできません。

自営業者の白血病、730日型の給付で支えた話

POINT

休業保証の薄い自営業者に、1日1万5,000円・1入院730日型を提案。2年後に白血病を発症されたが、約2年分の入院給付(月45万円相当)を家族の生活費として継続的に活用できたケース。

別のお客様の娘さんに、自営業の旦那さんがいらっしゃって、紹介で訪問しました。

自営業の方は、サラリーマンと違って、休業時の保証が薄いです。会社員なら健康保険組合から傷病手当金が出ますが、自営業ではそれがありません。だから、入院したときの給付金は厚めに設計しておく必要がある、とお伝えしました。

通常はサラリーマン向けに1日1万円の保障で組むことが多いのですが、自営業のその方には1日1万5,000円・1入院730日型をおすすめしました。保険料はやや高くなります。本人も「えーっ」と一瞬渋られたのですが、最終的に加入していただきました。

それから2年ほど経った頃、その方が白血病を発症されました。

当時、ちょうど新しい治療技術が出始めていて、豚の骨髄を加工した移植技術がそのお客様には効きました。一度は危ないかと思いましたが、復活されました。

ただ、入退院は何度も繰り返されました。最終的に730日(約2年分)の給付を、ほぼ使い切られました

1日1万5,000円が、月に45万円。家族の生活費として、これが継続的に入り続けました。お子様もいるご家庭でしたから、本当に助かった、と言っていただきました。

※現在は、三大疾病(がん・急性心筋梗塞・脳卒中)などに対して、入院給付が無制限になる特約があります。

振り返ってみれば、保険の仕組みがたまたま当てはまっただけだ、と僕は思っています。

でも、たまたまでも、入っていたから助かった。入っていなかったら、何もできませんでした。だからこそ、「まず着手する。そして続ける」ということを、お客様にお伝えし続けています。

こんな方を紹介していただけたら、嬉しいです

ここまで読んでいただいて、もし「こういう状況の人がいるな」と思い浮かんだ方がいたら、ぜひお話の機会をいただけたら嬉しいです。具体的には、こんな方々のお役に立てると思っています。

  • 事業承継を控えた中小企業の経営者(特に1代目から2代目への引き継ぎ期)

    会社の評価から、相続税の現金準備、揉めない設計までを一緒に組みます。

  • 不動産・自社株中心で、相続税の現金が不足しそうな資産家の方

    生命保険で「払うための現金」を整える設計をします。

  • ご兄弟・親族間で揉めそうな相続が予見されるご家族

    代償分割の仕組みで、揉めないように事前に整えます。

  • 自営業や経営者で、休業時の生活保証が不十分な方

    入院や休業に耐えられる保障設計を組みます。

  • 「とりあえず入った」既存の保険が、本当に機能するか不安な方

    いま入っている保険の中身を、一緒に見直します。

最初は、無料でお話を聞かせていただくところからで構いません。経営者の方やご家族の状況をお聞かせいただいて、一緒に整理させていただくところから始めたいと思っています。

「あの人、こういう状況だったな」と、思い出していただけたら嬉しいです。

仕事のあとで、思うこと — 社長の軍師でありたい

最後に、仕事と関係のないところを少しだけ。

仕事を離れたところでは、歴史が好きで、戦国時代の武将のことなどよく考えます。最近はポッドキャストの「コテンラジオ」を聴いていて、西郷隆盛の回が、特に面白かったです。

中でも好きなのが、竹中半兵衛という人物です。

竹中半兵衛

豊臣秀吉の軍師として知られている方で、表に立って目立つことをするわけではないけれど、影で秀吉を支え続けた人です。

僕も、ファイナンシャルプランナーという仕事を続けるなかで、経営者の方々の軍師のような存在でありたいと思っています。

表に立って指示するのではなく、隣で一緒に考えて、必要なときに必要な助言を、そっと差し出す。それが、この仕事の理想形だと、いまの僕は感じています。

他には、格闘技の観戦やサイクリング、スキーやゴルフが好きです。空手は黒帯を目指して、週2で練習しています。

趣味(サイクリング・スキー・ゴルフなど) 空手の練習

生命保険の仕事に入ったばかりのころは、契約が取れなければ給料がない、というプレッシャーがありました。誰かに買っていただけなかったら、それで終わりです。正直、不安で眠れない夜もありました。

そんなとき、夜中に車で生駒山の山頂まで登ったことがあります。大阪平野が一面に光って見えました。すごい数のあかりでした。「このあかりの数だけ、人がいるんだから、なんとかなるか」と、自分に言い聞かせて下山しました。

いまから思えば、ちょっと無理をしていたのかもしれません。

気がつけば、保険の仕事で28年が経ちました。あと何年やれるか分かりませんが、これからも経営者の皆さんの軍師として、荒野を一緒に歩く案内人として、続けていきたいと思っています。

中野秀法

派手じゃなくていい。経営者の皆さんの隣で、一緒に考える存在でありたいんです。